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Channel: 沖縄での一人暮らし
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沖縄の茶畑と開墾の歴史

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嵐山(らんざん)展望台の近くに、大きな茶畑がありました。

沖縄で、茶畑とは珍しい。

近くにあった、開拓の記念碑を読みました。

「蘇る大地」  (以下、碑文より抜粋)

以前は、森林資源としての価値がほとんどない薪炭林。
終戦直後、先見の明のある人が、山地利用による換金作物に着目して、お茶栽培を計画。

昭和25年に、村有地を借り受け、農協経営により鍬とツルハシで肥料や敷き藁を背負って、重労働で開拓。

六町歩(1町歩は約9900平方メートル)の茶園と、四町歩のパイン園を開いた、血と汗の結晶。

昭和37年に、村有地を買い受け、39年に組合員に分譲。

しかし、開墾地は起伏が激しいため、本格的な嵐山土地改良事業を実施し、茶、パイン、きび、花卉園芸等の産地として飛躍した。(1991年5月)

パイン園もあります。

沖縄で困ると言えば、水不足。農作物も同じです。

干ばつ被害から守るとともに、洪水時に羽地内海に土砂が流入しないように、環境保全型の土地改良が進められているそうです。

嵐山展望台の地図は、よく見たら、ダムからの水路が描かれていました。

平成18年に完成して、羽地ダムから、このあたり一帯だけでなく、屋我地島や古宇利島へも、水が引かれているんですね。

 

美しい風景だけでなく、この風景を積み重ねてきた歴史が、展望できました。


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