ひんぷん山羊料理店に、久しぶりに行ってみると、おばあの姿がない。
三週間前に来たときは、88歳の米寿のお祝いを市長から貰ったと、嬉しそうに見せてくれた。
いつも入口のドアを開けると、テレビを見ながらお客を待っているおばあが、いらっしゃいと声をかけてくる。
おばあが、いないと、なんだかさみしい。
高齢だから、今日は休んでいるのかな。
一人で山羊汁を食べていたオジサンが、会計をするときに、娘さんと何やら話をしている。
「県立病院に入院?…」
驚いて、様子を詳しく尋ねると、二週間前に自宅で転んで、大たい骨を骨折したそうだ。
おばあは、入院や手術は、初めて、らしい。
おばあ、大丈夫だろうか。
骨折して入院すると筋肉が衰えてしまい、完治しても、以前のように歩けなくなる高齢者が多い。
翌日、西平の黒糖のドーナッツ棒を持って、お見舞いに行った。
四人部屋で、入口に近いところのベッドに、おばあは寝ていた。
私に気付くと、笑顔になり、大きな声を出して喜んだ。
おばあの声は、ひときわ大きく、病室中に響き渡る。
思わず、唇に人差し指を当ててしまう。
「手術して二週間寝たきりだったけど、同室の人たちと、昔の話をしていたよ。」
おばあは、声の音量を下げる様子もなく、元気だ。
「筋肉が衰えないようにしないと…」と言いかけると、
おばあは、笑いながら両手を万歳するとともに、布団から出た左脚が、高く上にあげた。
衰えないように、筋肉を鍛えているらしい…。
おばあは、かなり、元気だった。
週明けには、リハビリを開始するらしい。
昨日は、山羊の刺身がなかったというと、
「今日はお店にあるよ。さっき注文しといたから。」と、いう。
寝たきりの病院のベッドから、お店の材料の仕入れをしているというのか…。
おばあは、驚くほど、想像以上に、元気だった。