この半年間に2回、知人が急病で突然死した。2人とも男性で70代だった。
1人目は、定年退職後、広い庭に果樹を育て毎日のように無農薬の野菜作りや手入れをしていた。英会話を学び一人で旅行し外国人旅行者を見つけては話しかけ通訳や観光案内をするなど自由に暮らしていた。去年1月の健康診断では全く異常がなかったが秋には突然救急車で病院に運ばれた。自覚症状のない末期の胆管がんだった。面会は一日1組しか許されなかった。救急車で運ばれた数日のうちに亡くなった。死の数時間前までは元気に会話していたそうでこの病気の恐ろしさを知った。
2人目は、定年退職後は近所の畑を借りて家庭菜園を楽しみ、毎日、遠くで暮らす孫たちとビデオ通話して楽しく過ごしていた。毎晩、好きなお酒はたしなみ、死ぬときはポックリ逝くと言って健康診断は受けなかった。その日も畑に行くと立ち上がった時にめまいがして階段に座ったまま意識を失い、すぐに救急車で病院に運ばれたが意識は戻らなかった。自覚症状のない動脈解離だった。
突然に夫に先立たれた奥様は、心の整理もできないまま親戚への連絡や葬儀をはじめさまざまな手続きなどに対処しなければならず、大変だったと思う。
亡くなった方の心の中はわからないが、2人とも自分の好きなことに没頭して充実した日々を送っていた。借金はなく持ち家を残し、突然の死によってその人生があっけなく終わってしまったが、思い残すことはなかったように見える。
二人の突然死に触れて感じたことがある。
1 好きなことに没頭することの大切さ。人生には思いがけないことが起こるものだが、好きなことをしながら日々を積み重ねることは、後悔の少ない人生につながる。
2 備えと覚悟についても考えさせられた。突然死は、本人だけでなく家族にとっても大きな衝撃。生活の備えや周囲のサポート体制を整えておくと、残された家族の負担を減らせる。 遺族の生活に必要な遺族厚生年金を請求するための資料はHPにはなく、死亡後に入手するものだが、あらかじめ準備しておけば妻は記入が楽になると思い、事務局に用紙送付をお願いしたが、生前は対応していないと断られた。うまくいかないモノだ。
3 これは個人的な感覚かもしれないが、「ぽっくり死ぬこと」への考え方も変わった。急死は悲しい出来事だが、それまでの日々を好きなことに満ちたものにし、家族のために借金を残さず、家を遺すなどの準備をしていた彼らの生き方は、それ自体が一つの理想的な形にも見える。生命保険の期限が来る前に死ぬというのもそれはそれで一つの生き方、死に方なのかもしれないと思った。
1人目は、定年退職後、広い庭に果樹を育て毎日のように無農薬の野菜作りや手入れをしていた。英会話を学び一人で旅行し外国人旅行者を見つけては話しかけ通訳や観光案内をするなど自由に暮らしていた。去年1月の健康診断では全く異常がなかったが秋には突然救急車で病院に運ばれた。自覚症状のない末期の胆管がんだった。面会は一日1組しか許されなかった。救急車で運ばれた数日のうちに亡くなった。死の数時間前までは元気に会話していたそうでこの病気の恐ろしさを知った。
2人目は、定年退職後は近所の畑を借りて家庭菜園を楽しみ、毎日、遠くで暮らす孫たちとビデオ通話して楽しく過ごしていた。毎晩、好きなお酒はたしなみ、死ぬときはポックリ逝くと言って健康診断は受けなかった。その日も畑に行くと立ち上がった時にめまいがして階段に座ったまま意識を失い、すぐに救急車で病院に運ばれたが意識は戻らなかった。自覚症状のない動脈解離だった。
突然に夫に先立たれた奥様は、心の整理もできないまま親戚への連絡や葬儀をはじめさまざまな手続きなどに対処しなければならず、大変だったと思う。
亡くなった方の心の中はわからないが、2人とも自分の好きなことに没頭して充実した日々を送っていた。借金はなく持ち家を残し、突然の死によってその人生があっけなく終わってしまったが、思い残すことはなかったように見える。
二人の突然死に触れて感じたことがある。
1 好きなことに没頭することの大切さ。人生には思いがけないことが起こるものだが、好きなことをしながら日々を積み重ねることは、後悔の少ない人生につながる。
2 備えと覚悟についても考えさせられた。突然死は、本人だけでなく家族にとっても大きな衝撃。生活の備えや周囲のサポート体制を整えておくと、残された家族の負担を減らせる。 遺族の生活に必要な遺族厚生年金を請求するための資料はHPにはなく、死亡後に入手するものだが、あらかじめ準備しておけば妻は記入が楽になると思い、事務局に用紙送付をお願いしたが、生前は対応していないと断られた。うまくいかないモノだ。
3 これは個人的な感覚かもしれないが、「ぽっくり死ぬこと」への考え方も変わった。急死は悲しい出来事だが、それまでの日々を好きなことに満ちたものにし、家族のために借金を残さず、家を遺すなどの準備をしていた彼らの生き方は、それ自体が一つの理想的な形にも見える。生命保険の期限が来る前に死ぬというのもそれはそれで一つの生き方、死に方なのかもしれないと思った。