太平洋戦争戦史地図は、太平洋の地図に、日本軍がいつどんな作戦でどれだけの戦力を失ったかを、陸軍と海軍それぞれに描いた貴重なものです。
赤字は米軍主体の連合国軍で、作戦の開始日と終了日が記され、矢印の太さで戦闘の大きさを表しています。赤いバツ印は、軍の全滅を表しているのでしょうか。
沖縄は昭和20年3月25日から6月17日まで。被害状況は当時は不明だったようです。
植野録夫さんが作ったものですが、連合軍に押収されました。
1966年になって、マッカーサーの太平洋戦史報告書の中に自分の描いた地図を発見し、戦後40年の1985年に植野さんが復刻して市販されました。
それを神田の日本地図センターで偶然見つけて持っていたものです。
日本軍が南方に侵攻した際の作戦の状況と被害状況(おそらく日本軍の)も併せて掲載されています。
南西方面主なる作戦概況を見ると、
英領ボルネオ作戦は、昭和16年12月16日から翌年の1月24日まで40日間の戦いで、死者190名とあります。
オランダ領ボルネオ作戦は、昭和17年1月11日から2月11日まで、死者無し。
爪哇ジャワ作戦は、昭和17年3月1日から3月10日までの10日間で、死者無し。
スマトラ作戦は、2月15日から3月17日まで、死者無し。
「ジョヨボヨの預言が的中し、平和と主権が取り元せる」と、長らく植民地支配を受けていたインドネシアやマレーシアの人々の歓迎もあって、他の作戦に比べると被害は少ない方だったようです。